部屋に戻って、また珈琲を飲んでいた時だった。
妻が、「私の携帯がない!! あれっ? どうしよう? ヤバイッ!!」と叫んだ。
あ〜〜っ、やっちゃったか〜と、私も固まった。
妻は、良く物を無くすのである。
妻は、「どうしよう、どうしよう」と言いながらも、記憶を辿り、パリジャンのエッフェル塔の写真などを撮った時は、自分のスマホは使わず、私のスマホで撮影したので、自分のスマホを使ったのは、その前のフォーシーズンズの御手洗いの前のソファで写真を撮ったのが最後だと、言い切った。
そして、「そうだ、トイレに入った時に確か横に置いちゃったんだ〜」と、ほぼ無くした場所を思い出したようである。
スマホの状態は、機内モードにして、モバイルデータ通信もオフにしているので、繋がるのはLINE電話だけである。
念のため、私のスマホからLINE電話でかけてみたが、向こうは当然WIFIに繋がっていないので、応答は無い。
あれからもう、1時間は経っているが、フォーシーズンズホテルのトイレに入る人も少ないだろうから、そのまま残ってくれている事に、一縷の望みを託して、部屋を飛び出し、現場へ走った。
女性用トイレであるから、私だけ先に到着しても、中を確認できないので、妻を励ましながら、ペースを合わせて一緒に走る。
現場までの近道は、先程発見していたので、10分程で到着した。
妻が中を確認しに入っていった。
祈る気持ちで、廊下で待った。
1分ほどで妻が戻って来た。
顔が俯いている。足取りは重い。
やはり、ダメか〜。
妻、「やっぱり無い。どうしよう〜」。
あぁ、この国なら、ヤミ市場で、いくらでも捌けるんだろうなぁ〜。もうダメかぁ。データも遠隔操作で消去しないとまずいなぁ、どうやるんだろう。
でも一応、ホテルのフロントに届いていないか、聞いてみようと考えていた。
その時、妻の後ろから、清掃担当と思われる従業員の女性が、掃除道具を持って出て来た。
もしやと思い、藁にもすがる思いで訴えかけた。
「妻が、一時間程前にここにスマホを置き忘れたんです。これと、同じタイプです。黒い革のケースに入ってます」と必死に説明した。
まだ、私の息は上がっていた。その為、余計に必死さが伝わるようだ。
すると、その女性は、oh!と反応し、そこのソファに腰掛けて待てと、ジェスチャーで促してくれた。
妻、「あるのーッ?」と私に聞く。顔が輝いた。
私、「多分っ!」。
良かった〜と二人で溜息をついた。
ソファで待つ事、約10分、不安が入り混じりながらの長い時間であった。こちらからフロントに行こうかとも考えた。
そこへ、先ほどの女性が、2人のマネージャー風の男性を伴って、戻って来た。
その二人に、事の顛末をもう一度説明した。
マネージャーさんは、廊下での立ち話では、良くないと思ったのか、その先のラウンジへどうぞと、招き入れ、席を勧めてくれた。
ここで、暫くお待ちくださいと言われ、何か飲み物はいかがかと問われたが、未だ気持ちが落ち着かないので、お断りした。
それでも勧められるので、水だけいただくことにした。
二人が、一旦どちらかへ下がると、グラスに入ったミネラルウォーターが運ばれてきた。一口飲んでみると、ミントの爽やかな香りと風味があり、絶妙な味であった。流石はフォーシーズンズである。緊張でのどが渇いていたのか、飲み干してしまった。
5分ほどすると、二人が戻って来た。
一人のマネージャーさんの手には、ビニール袋に入った黒いものが見える。
ここで、「あぁ、良かった~」と、再び妻と顔を見合わせた。
彼らも慎重なので、もう一度、どんなスマホを無くしたのかと、こちらに説明を求める。
私のスマホを見せて、「これと同じものです。ただし、黒い革のカバーがかかっています」と説明した。
OKという事で、ビニール袋からスマホを取り出して、テーブルの上においてくれた。
「パスワードで、ロックを解除するところをお見せします」と彼らに説明して、そうするように妻に促すと、妻の指がスマホの画面上を滑るように動いた。凄いスピードで何番に触れたのかも分からない程であった。
ロックが解除され、アプリが並んだ画面が出てきた。
マネージャーは、「OK~! パーフェクト」と言ってくれた。
最後に書面に受け取りのサインと連絡先を記入して受け取り終了となった。
本当にラッキーであった。海外でスマホを無くして、手元に戻ってくるなど、なかなかあるものではない。無くした場所もフォーシーズンズホテルであった事も幸いした。
フォーシーズンズさん、有難う。最高の対応でした。感謝いたします。
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